私が依頼した特許は20日までに指定国出願を完了する見込みであると連絡が入った。外国出願の審査には通常3年程度かかるらしいが、それではビジネスチャンスを逸してしまうので早期審査を依頼した。そうはいっても審査費用が気になっていた。しかし、特許事務所から届いた見積金額は心配するほど高額ではなく、ほっと胸をなで下ろしたところである。「時は金なり」に非ず「時がすべて」。これは何も特許に限ったことではない。限られた時間を生きる我々人間共通の命題であるのだ。
特許・実用新案
今日は午後からインストラクターに予定があり私が代番を勤めることになった。午後1時はお客様が見えなかったのでブログを書き始めたところである。穏やかな天候に加え窓から差し込む陽光でついつい爆睡したくなってしまった。今朝の日本経済新聞によると、中国はレアアースの輸出量制限を実施するとのこと。これは中国の主権であり云々するつもりはないが、日本も今後とも貿易立国を目指すなら国を挙げて資源外交を展開し、資源的安全保障を確立すべきではないか。また、同時に日本が世界最大の金産出国といわれているように徹底したリサイクルにより世界最大のレアアース産出国を目指すべきではないか。
今朝は3時過ぎにたたき起こされた。神仏が「何時までも寝ていないで、さっさと起きて仕事しろ」というのである。夕べ私は11時過ぎに寝たので、まだ4時間少々しか寝ていないのに「何という人使いが荒いのだろう」と少々不満気味。まだすぐに眠りにつこうとしたがなかなか寝付けない。そこでやむなく起きたわけである。早速私はパソコンを開き、寝ぼけ眼で早朝の特許庁電子図書館を訪問した。思いついたキーワードを片っ端から入力して先行出願を検索してみたが、それらしいものが見当たらない。だからといって「新規性・進歩性あり」というわけではない。たぶん私の思いこみ、勘違い、過大評価によるものに違いない。まだまだいろんな角度から検索し、思いついたものがどのような位置にあるかを検証しなければならないはずである。私は、このテーマにずっとずっと前から取り組んできたものの、なかなか明確な答えが得られなかったが、今回の思いつきはいろいろな問題に対して一つの解が存在している。久しぶりに特許でも書いてみようかという気持ちになってきた。
特許権を取得していても実施したものが他者の意匠権に抵触していると意匠権侵害になり実施できなくなってしまうという。
意匠権には意匠権の権利があり、特許権があっても意匠権を侵害することはできないというのは理解できるが、特許権が意匠権よりも先に成立している場合には特許権が優先されるような何らかの法制化がないと、特許漁りして意匠権を取得した場合においては、意匠権は特許権を妨害するための手段に成り下がってしまうおそれがある。
特許庁の審査速度アップも国際特許関係から重要な課題であるが、特許・実用新案権と意匠権との法的整備も急ぐ必要性を感じるのは私だけか。
現在抱えている膨大な仕事を効率よく迅速処理するため、8月9日に八部門すべての課題をリストアップし、優先順位の高い順から横断的に処理し始めた。
普通なら膨大な量のリストを見ただけで気が重くなるところだが、今回はまったくプレッシャーを感じないのだ。それどころか、膨大な仕事量にも拘わらず何故か心が落ち着いていて、仕事もひとつひとつ丁寧にこなしている。当然仕事の出来映えもよくなりますます手応えを感じる。また、できあがった仕事がさらに私の背中を後押ししてくれるのである。
毎朝7時には仕事を始め、夜11時頃まで途切れることなく仕事は続く。外部から依頼された装置や器具の調査と機構立案、設計計算、組立図検討、組立図作成、部品図作成、部品リスト作成、見積調査。営業展開のための資料作成、打合せや書類の発送。特許・実用新案の調査、構想及び請求項の立案、明細書及び図面作成や出願手続。特許庁からの特許・実用新案に関する各種指令対応。外国出願に関する海外弁理士事務所への応答。エンドユーザーサービス及び各種技術的ディスカッション。財務管理やリラクゼーションショップのインストラクター。試作中の各種産業機械装置の材料及び部品手配。どの仕事をやっても、とにかく楽しいのだ。
20日間ぶっ続けに仕事に集中すると、さすがにあれだけあった仕事も処理し尽くしてしまう。これからは仕事に追われる身ではなく、仕事を追いまくる側である。断然気分は楽だし、モチベーションはさらに頂点へと高まっていく。
仕事をやっていれば、いつも順調とばかりは行かない。勘違い、思い違い、手違いは付き物であるが、何故か少ない。少ないというよりも皆無といったほうがよい。また、予期せぬ障害に出くわすことだってあるが、その障害も障害とは思えないのである。「よくぞ来てくれました !! いらっしゃいませ !!」といった感じである。
図面を描けば「えっ、いつの間にこんなに描いてしまったの?」と自分で驚いている。手が勝手に動いて、意識の外で図面ができあがっていくといった感じである。まったく疲れないし、集中力も途切れることはない。
つまり私は、脳内麻薬モードで仕事をしているようだ。直感力、実務能力あらゆる能力が総動員して仕事に当たってくれている。こんなモードになると、当然体内年齢も思いっきり若返る。
これは私だけの才能ではなく、誰もが手にすることのできる可能性であろう。できないことも、やらないからできないのである。やらないことを、できないと勘違いしているところに問題がある。最初は大変だろう。それを否定するつもりは毛頭ない。しかし、ちょっとでもやってみると面白いことがわかる。やるからできる。できるから面白い。面白いから止められないのだ。