大晦日のテレビ番組ほど退屈なものはない。そんな中でNHK教育テレビは、世界の音楽家たちが日本の東日本大震災の被災者に向けて様々なメッセージを発信していることを伝えていた。その中でも「私たちの心は、つねに皆さんとともにある」という表現が、何故か私の心に響くのである。「皆さんとともにある」ということは同悲であり、耐え難き痛みを分かち合っている、つねに祈っている、あなた方の心に寄り添いたい等々、特別な感情を表したものであり、この感情・心情というものは何にも代え難い力になっている。いま目の前のテレビ画面からは追悼のためのピアノ協奏曲が流れているが、人の情けがこれほど有り難く感じることはない。無償の人間愛こそが人の心の扉を開き、世界に平和をもたらすものと私は信じる。
宗教・信条
今日は普通なら灯籠流しの日である。鮫川河口付近に会場を設営し、夕刻神仏混淆の儀式を皮切りに灯籠が一斉に点火され、曳き船に曳航されて河川の中に漂う5000個もの灯籠の灯す光は、何ともいえない夏の風物詩になっていた。しかし、今回の東日本大震災で河口付近の地形は大きく変化し、今も続く不気味な余震で行事に参加する人々の安全確保が保証できないため、行事の形態を「精霊送り」という形に変えて実施することになったのである。精霊送りの会場は鮫川河口付近とは真逆のいわき市南の森運動公園の駐車場でまさに高所移転そのものである。会場設営は午前中から始まったようだが、今日は時折激しい雷雨があったのでさぞかし役員の方々もずぶ濡れになりながらの仕事ではなかったかと推察している。この写真は、儀式の後の点火した灯籠であるが、先ほどの雷雨でろうそくもびしょ濡れになったため点火にはかなり手間取ったようである。
私も夕刻に「お盆ふるさとコンサート」と勝手に銘打って、さだまさしの精霊流し、無縁坂や償いなど10数曲を演奏したが、しみじみ思うことは「いまここにある不思議」である。
私が毎日上げているお経は法華三部経といって無量義経、妙法蓮華経、仏説観普賢菩薩行法経で構成されている。そのボリュームは頁数で425頁、1頁1分で上げると約7時間の旅路ということになる。
その中で妙法蓮華経の三番目は言葉がとても難しく、体調が悪いと呂律が思うように回らないため若い頃はとてもハードルが高かった。しかし、この経文をよくよく眺めてみると言葉の難しい部分はほんの数頁なのであるが、先入観でいかにも上げにくいお経と思っていたのであった。
今年の寒修行では、私に思いもかけず導師の御役が回ってきた。私は出番になって一生懸命お経の文字を追いかけたが、どうしてこんなに呂律が回らないのだろうと思うほど惨憺たる状態だった。その原因は、昔はすいすいと上げられたのに、近頃はすっかりさぼっていたからである。
そこで私はそのことを深く反省し、練習のつもりでお経を上げ始めたのはつい最近のことであった。当然のこととして三部経一巻を上げ終えると、またまた先ほどの妙法蓮華経の三番が巡ってくるのであるが、最近はすいすい上げるよりも一言一句を味わいながら上げるように心がけたところ、それほど苦ではなくなったから不思議である。
日常ほとんど使わない言葉の連続なのだから、お経を上げにくいのは当たり前のことだ。お経の上げ方の基本は「身体に染み込ませるように上げる」ことなので、できる限り一つ一つの言葉を正確に読めるように心がけている次第である。
このお経の面白いところは、人生の経験を積み重ねる度に味わいが異なるところにある。昨日読んだお経と、今日読んだお経とは同じ文章なのに味わいが違うのである。無限の味わい方があるに違いないのである。何故そんなに面白いのだろうか、それは「お経は、科学」なのだ。
今日はモンゴルの友人を案内して福島県中通り方面に出かけた。昼食に「お寿司が食べたい」との希望だったが、あいにく付近にお寿司屋さんが見当たらず蕎麦屋で昼食を済ませた。帰宅後、家内が「夕食は何がよいか」と私に尋ねたので、「昼食にお寿司が食べられなかったので、回転寿司に行こう」ということで決まった。
私は、所用を済ませ一足遅れて回転寿司店に向かい合流。そこでいろいろ話の花が咲いた。そして話題は「能力」について。仏教経典・妙法蓮華経薬草諭品第五の「三草二木の譬え」では、「人間にはそれぞれ持ち味があり例えば天から雨が降ったとしても、それぞれに受け止め方が違い結果として成長の度合いも違う」という立場をとっている。一方、記憶は定かではないが心理学かカウンセラーの分野では「人間の能力には、それほど差がない」という立場をとっていると聞いたことがある。
このどちらが正しいかなどという愚論を展開するつもりはないが、人間の能力を「できる」「できない」という言葉で表現することがしばしばあるので、この「できる」「できない」とは何ぞやという議論になった。「できる」ということは「仕事やいろいろなことが、良くできる」ことを意味し、「できない」とはその反対の表現方法である。
さらに議論は「できない」人の立場での話に展開していった。「できない」人は、しばしば「私は、能力がない、時間がない、学歴がない、お金がない、友人・知人など人脈がない、土地がない、家柄がない、人材がいない、健康でない等々、できない理由について熱心に説明しようとする。しかし、上述の条件が整わなかったら何もできないかというと、何もなくてもできる或いは成功した人たちにとっては、この説明は適切ではないと思うだろう。
それでは「できる」「できない」を決定する何物かが存在するはずである。私が考える「できる」「できない」は、本人の意志がどちらを向いているかによって決定されるのではないかと推察している。「できる」人は、「どうしたらできるか、実現のための方策を考えるだろう」し、「できない」人は、何故できないのかその理由について考えるだろう。しかし、「何故できないか」という理由は、大体の場合、単なる言い訳に過ぎないのである。もっと分かりやすくいえば、自分がそれをやりたくないから巧妙にできない言い訳を並べ立てているに過ぎないのである。
だから、このような人たちの中には「楽好み」が多分に含まれているに違いない。私は、しばしば人様のお手本となるべき人の中にも、このような思考方法を堅持している人が少なくないことに気づいている。もし、彼らが言葉の端々に微塵でもその魂胆が覗かせようものなら、私はすかさず「究極の楽好みな生き方は寝たきりですよ、今はよい薬があるのであなたがご希望ならすぐに寝たきりになれますよ」とお薦めしている。そして「寝たきりになれば、食事は流動食、便だって掻き出してもらえますよ」と付け加えるのである。
従って、私の考える「できる」「できない」とは「やる気がある」「やる気がない」であり、思考習性によるところ大なのである。「楽」というと何もしないことが楽なように感じてしまうが、何もしなくても良い状態すなわち「誰からも存在が気づかれず、誰にも当てにされず、誰も相手にしてくれない」状態だったとしたらどうであろうか。私は、このような生き方がダメだとは一言も言っていない。人生を決めるのは、つねに本人の問題である。
今日は、モンゴル航空12時30分成田着の便で友人が来日する予定になっていた。私は、第1旅客ターミナル到着ロビー目指して車を走らせたが、900キロという長丁場で時間は若干遅れ気味。それでも、入国審査やバッゲージ、税関手続き等の所要時間を考えると時間的余裕はあると踏んでいた。案の定、到着予定時刻を30分経過しても友人からは何の連絡もなし。私は、空港内の駐車禁止区域に車を止めていたため、いつ立ち退きを指示されるのか気が気でなかったが、幸いなことに係員は見て見ぬふりだったので助かった。1時間ほど経過したところで友人から電話が入った。私は友人に「リムジンバスやタクシーレーンの所まで顔を出してくれるよう」に頼み、めでたく再開を果たした。友人は、いかにも優しそうな男性を同伴していたので、早速挨拶を交わし車で我が家を目指した。コースはいつもの408号線、圏央道経由常磐道だったが、ナビの指示に従わず稲敷から圏央道に乗り、牛久大仏を案内した。彼らは、牛久大仏の姿が視界に入ると一斉に歓声を上げて写真撮影。車はちょうど大仏様の左横から後、後から右横に回り込むように走るため、大仏様の後ろ姿をたっぷりと堪能することができた。
帰宅後、早速ホテルを手配しようとしたが、有名ビジネスホテルも町のビジネスホテルもすべて満室。理由を聞いてみると東京電力・福島第1原発の原子力災害対策のため作業員で空室がないとのこと。やむを得ず今夜は我が家に止まっていただくことにした。
そこで夕食は何が食べたいのか聞いたところ「温泉に入って、魚を食べたい」とのこと。家内は宿泊準備に忙しく、結局私がお相手させていただくことになった。私は何処の温泉がよいのかさっぱり分からなかったが、家内から数年前に立てられた「海岸沿いのスーパー銭湯がよい」といわれ三人で出かけることになった。実をいうとこの銭湯は、目の前にありながらこれまで一度も入ったことがなかったので今日が初トライ。最初にお風呂に入り、それから食事しようということになり8時の約束で温泉につかったが、私とモンゴル人男性は時間になる前にさっさと湯から上がってソファで(クール)ダウン。モンゴル人女性は8時になっても姿を現さない。しばらく待っていたら、とても上機嫌で姿を現してくれたので次なる食事プログラムとなったのである。