政治評論家で森田総合研究所を主宰される森田実先生の講演を拝聴する機会をいただいた。テーマは「日本政治・今後の動向」とでもいったところであるが、知名度が極めて高いだけに会場は先生の講演を聞き漏らすまいと静まりかえっていた。いま国内政治は景気浮揚策と年金目的型消費税増税という矛盾によりにっちもさっちもいかない状態なので、国民の理解を得るためには小手先だけの政策では政治不信がますます募るばかりである。衆議院定数削減・国家公務員定数削減は言うに及ばずあらゆる老害にメスを入れて果敢に改革を断行しなければならない。1000兆円の借金を半減できる妙案があるなら、それを実現したものに対して50兆円のインセンティブを与えればよいのである。むろん、無税で。
政治・経済
「人生とは、生きることそのもの」と聞いたような聞かなかったような。その出典はともかくとして、生きるということは実に容易ならざるものがある。東日本大震災の仮設住宅で暮らす人々はとりあえず衣食住は確保できたものの生活の糧を得るための労働の場が奪われ、コミュニティが奪われ、警戒区域並びに計画的避難区域で生活していた人々は大切な土地や家財や家畜を捨てて生活しなければならないというもっとも過酷な生活条件を強いられている。彼らにとって放射能所線は当然のことであり、元の生活を完全復元すること以外に納得が得られるものではない。遅々として進まない放射能除染作業は県民の目から見れば単なるパフォーマンスに過ぎない。これだけ優秀な国民なのだから、国は放射能除染でもその真価を発揮し速やかに問題解決することを県民に明示すべきである。
現行法律では、婚外子を持つ母は寡婦控除が受けられないため税負担が重くのしかかり生活維持がたいへんだ、という報道特集を見た。こんなことは国会で簡単に法律改正できることなのだが、いつものように放置しておくのが日本の政治文化なのだ。そもそも国会というのは政争の場ではなく国民本位の知的生産の場であり、そこに参集する政治家は国民の僕であるべきなのだが、いつの間にか勘違い人種が多く蔓延る場になってしまった。国民は政治な対する意識を変え、立候補する政治家も「政治の寸心を正す」という原点に立ち返り「あらゆる分野のスペシャリスト集団として最高度の知的生産の実をあげて欲しい」ものである。
民主党議員のパーティで一席ぶつことになった。しかし、東京電力福島第一原子力発電所にほど近いところに住んでいる私が政権与党としての責任能力皆無の民主党に対して「こんな素晴らしい党と政治家集団は憲政史上初めてである」などとごますりできるはずがない。そこで関係者に電話して率直な意見をぶつけ「このような言い回しなら、私が実際に経験したことなのでありのままの事実として話せる」と説明したら、「それがいい」と言うことになった。国家の危機管理能力、災害発生時の緊急対応能力はもとより平素の政治的課題である財政再建問題、少子高齢化・年金財政問題、資源エネルギー・環境問題は言うに及ばず、社会の底辺で生活に喘いでいる人を見殺し、消費税増税ばかりを口にする無能政治家集団の中で「一人ぐらいまともな政治家よ、出てこい!!」と福島県民である私は言いたい。放射能で汚染された県土は何時になっても除染の実が上がらず、「30年間仮置きして県外処分」で問題先送りして風化させ逃げの一手。広野町長が野田佳彦に対して「福島県民を国民と思っているのか」はまさに県民の声を代表している。「政治家よ、まともに政治せよ!!」である。
震災直後に大量の放射能を浴びた砂利・砂による生コンで建築したマンション入居者の放射能被爆が社会問題となっている。これは未曾有の大地震と大津波で混乱している時に起こったため、そこまでの危険予知と緊急対策が行き届かなかったものであるが、今後この種の問題が至るところで顕在化する恐れがある。これを契機に政府には、あらゆる事態を想定した危機管理マニュアル策定と日頃の訓練徹底を願いたいものである。