国際問題

消費税問題を契機に一気に解散総選挙の風が吹いてきた。その前に民主党の分裂などいろいろな可能性が出てきた。総選挙になっても過半数を制する比較第一党は出現困難な状況なので、連立政権は避けられないだろう。政治が流動化するということは停滞するよりも増しである。ただ、これによって外交が停滞し、いろいろな意味で他国から後れを取ってしまうことだけは避けたいものである。

今日は午後からインストラクターに予定があり私が代番を勤めることになった。午後1時はお客様が見えなかったのでブログを書き始めたところである。穏やかな天候に加え窓から差し込む陽光でついつい爆睡したくなってしまった。今朝の日本経済新聞によると、中国はレアアースの輸出量制限を実施するとのこと。これは中国の主権であり云々するつもりはないが、日本も今後とも貿易立国を目指すなら国を挙げて資源外交を展開し、資源的安全保障を確立すべきではないか。また、同時に日本が世界最大の金産出国といわれているように徹底したリサイクルにより世界最大のレアアース産出国を目指すべきではないか。

今夜は、食後にテレビのスイッチを入れたら教育テレビで「白熱教室」が放映されていた。テーマは、「今回の福島について議論する場合に、どのような方法で議論すべきか」というもの。この番組自体の結論は明確でないが、「議論するベースをどのように構築すべきか」という前提条件の明確化が最も重要な要素のように感じた。今日は奇しくも福島県議会議員選挙の投票日である。福島県民の声を誰が代表してくれるのか、福島県が抱える今の問題を誰が的確に捉え政治の場に反映してくれるのか、政治家を選択するのは県民であるが、ひとたび政治の壇上に上った政治家が県民の声、広くは国民を声が果たして反映してくれるものなのか、はなはだ疑問が残るのも事実である。現在の野田内閣は、TPP問題で閣内不一致を露呈し、ASEAN会議でも政治の不安定さから国際公約をしてもどれほど実行力があるのか参加国から疑問視され、内閣は持っても来年までといわれ始めている現状を見ると、政治の混迷はますます深くなるものといわざるを得ない。いま私たち福島県民が最も恐れていることは東京電力福島第一発電所放射能漏れ事故の風化である。誰かがマスコミを意識的に統制し、段階的に原子力関係情報すなわち放射能漏れと汚染状況に関する情報を絞ると、いとも簡単に風化させることができるだろうと懸念しているところである。国は原子力行政推進の最高責任者として、東京電力は当事者としてその責任を最後まで全うすることを強く望むものである。

東京電力福島第一原子力発電所発の放射能が、国内はおろか全世界に水平拡散しそうになっている。核拡散防止条約では水平拡散と垂直拡散を防止しようとしているが、この放射能拡散は国際条約では止めようがないから厄介である。現在、同発電所からは毎日10億ベクレルもの放射能が放出されているというから大問題である。この根本原因は、原子力発電所のリアクター内部或いはその周辺で何が起こっているのか完全把握できていないところにあり、単なる推測の域を脱していないのである。従って、適切な対策を講ずるには現状の的確な把握こそがすべての出発点であり、このために最大限の努力を傾注すべきであろう。先日、南相馬市に行こうとした際にJビレッジの原子力関係作業者の詰めるエリアに入った。毎日3000人もの原発労働者が汗を流しており、彼らの安全確保も労働安全衛生上の重要な課題である。弊社は、今月中旬に、体内に吸入した放射性物質を速やかに体外排出できる高濃度ゼオライト水溶液「アクアス・ゼオ」を新聞折り込みする予定であるが、原発労働者にまず服用してもらいたいところである。詳しい内容は弊社ホームページをご覧下さい。

 宇宙船地球号は様々な問題を抱えなから航行中である。人類の生存に関する危機、人間の尊厳や基本的人権に関する危機、これらは人々の生活の利便性などよりも優先して解決が図られなければならないが、現状ははかばかしくない。
 前者の人類の生存に関する危機は、なんと言っても食糧の確保と分配である。二十世紀末のノーベル経済学賞受賞者アマルティア・セン教授によると1930年代のインドで起きた飢饉による350万人にも及ぶ餓死者も、当時世界的に食糧が不足していたわけではなく食糧の分配が不十分だったためと分析している。従って現在69億人とも言われている宇宙船地球号の乗組員の三分の一は明日の食事にも事欠く有様なのは、食料の分配が適切に行われていない証左といえよう。また、食料というと米麦、肉や野菜・果実類を想像しがちだが水は生命維持のための最も重要な要素であることを忘れてはならない。この宇宙船地球号には14億9500万立方キロメートルにも及ぶとてつもない量の水が存在していると言われているが、それを家庭の風呂桶一杯分に例えると宇宙船地球号の全乗組員69億人が自由に使える水は何と何とそのうちのたった一滴というから容易ならざる状態と言わざるを得ない。日本は国土全体が緑豊かで国土面積の約70%は山である。雨が降ると山々の木々や土壌がしっかりと保水し徐々に染み出させながら我々国民に安定的に良質の飲料水を供給してくれるものと思いがちだが実はそうではない。急峻な山と短い流域距離は折角降り注いでくれた雨水をあっという間に海まで届けてしまうため淡水貯蔵能力はそれほど多くないのである。私の住んでいる福島県いわき市には昭和40年代の新産業都市指定によりたくさんの工場が誘致され大量の水が消費されるようになったため、川にはあまり水が流れていないのが現状である。ある調査によれば日本で水不足が起こらないのは霞ヶ浦を擁する千葉県と立山連峰からの湧水が豊富な富山県と僅かな県だけとのこと。
従って、日本も水不足危惧国家なのである。二十世紀は石油が戦略物資といわれていたが二十一世紀は水が戦略物資といわれている。二十世紀は石油やガスの輸送手段として数多くのパイプラインが敷設されたが、二十一世紀には水のパイプラインが敷設されていくだろう。
 食糧問題の重要な要素は、主食となる米麦をいかに上手く分配するかと言うことである。日本の穀物自給率は30%前後というお寒い現状にも拘わらず政府は相も変わらず米の減反政策という愚策を推進しているが、米を増産して食糧貧困国に援助する方法も考えるべきではないか。無論食糧の輸送にはコストもかかるので食料貧困国には食糧自給のための支援が不可欠であることは論を待たないが、砂漠で稲作を推進するよりも日本で生産した米を輸送した方が現実的であろう。さらに年間800万食とも言われているコンビニからの賞味期限切れ食品ゼロ運動は、日本がいち早く着手すべき倫理的課題である。その実があまり上がらないようなら政策的にコンビニを閉店させればよいだろう。

 話は変わるが、資源・エネルギーも重要な問題である。寒い国の人たちが暖をとるには石油、ガス、石炭、木炭、電気など何らかのエネルギー源が必要となるが、石油の推定埋蔵量は40年前後とあまり長くは望めない。石炭は推定埋蔵量が300年程度あるものの有限な資源であることに違いはない。従ってこの先、人類は何らかの代替エネルギーを確保しなければならないのは厳然たる事実である。太陽光発電、太陽熱発電、地熱発電、潮力発電、風力発電などはクリーンエネルギーとしてイメージはよいが、果たしてそれだけで電力供給が十分なのか政治的思想などを抜きにして客観的な検討が不可欠である。また同時に先進国は夏場の冷房温度を32℃程度まで上げ、冬は暖房温度を18℃程度まで下げる徹底した省エネ・クール&ウォームビズを推進しなければならない。夏は夏らしく暑いのが当たり前、冬は冬らしく寒いのが当たり前という思想を国民全体が共有すべきである。
 人間の生活が便利になることはけっして悪いことではないが、あまりにも利便性を求めると人間本来の能力すなわち「考える力」が著しく衰退してしまうことが危惧される。現代人は訳もなく切れやすいが、その原因は辛抱する力の欠如に他ならない。辛抱する力、耐える力を涵養することは簡単ではないが、ちょっとした工夫で改善できるものである。それは一呼吸置くことである。貧乏人が貧乏人たる所以は収入よりも支出が多く、その要因は「欲しいものを買い、必要なものを買い、なくてはならないものを買う」ことにある。
しかし、欲しいものを買わず、必要なものも買わず、なくてはならないものも買わなければ蓄えは自ずと増えるはずである。「なくてはならないものを買わないで、どうやって生活するのだ」と反論されそうだが、なくてはならないものを手に入れるには買うという手段以外にもあるのだ。他人から借りても良く、他にも方法はいくらでもある。ちょっと一呼吸置くと「なくてはならない」と思っていたものが気のせいだったことに気づくだろう。
 気温40℃で暑く感じるのも気のせいなのである。