海底トンネルでの作業員行方不明事故は海上保安部の調査によれば海底に直径20メートル、深さ3.5メートルの崩落があったことが判明した。今回の工事は海底トンネルとして2回目なので、特に地質調査を行っていなかったとのことであったが、どうやら前回と同様の地質ではなかったようである。それもそのはず、地質というものは大量生産される工業製品とは異なり、ここの地質がこうだったから隣の地質も同じであるとは断言できないので、一つ一つの案件ごとに詳細な事前調査が必要であると言うことを私たちに教えてくれている。やはりここでも「為すべき事を為す」という基本動作が必要だったようである。
建設工事
今日は、夕刻になって近くの工業団地を視察してきた。この場所は何度も訪れているが、改めて目的意識を持って見てみたいと思い立ち、ドライブがてら暗がりを走ってみたわけである。この工業団地は住宅団地に隣接しているが、最も大きな企業は去年のマスコミを賑わした某製紙会社。その他にもいろいろな企業が進出しているが、全部の敷地が企業で埋まっているわけではなかった。メインストリートからちょっと奥まった道路に入ってみたら、ちょっと見慣れぬ光景が目に飛び込んできた。どこかの企業の臨時の試験研究施設にも見えたが、よく目を懲らしてみるとどうやらこの度の震災の仮設住宅のようである。しかし、ほとんどの住宅に火の気がなく、しんと静まりかえっている。所々の家に明かりは灯っているものの、何となく寂しい雰囲気だ。雨露や寒さをしのぐ家は与えられたものの、生活のにおいが感じられない。どんな人がどんな思いで入っているのだろうか。私には知るよしもないが、どうやって生活の糧を得ているのだろうか。将来の展望は開けているのだろうか。ひっそりと肩を寄せ合っているだけでは、一人一人の人生の未来図は描けないだろう。
今日は、先の震災の経験からどのような場所が安全かについて子供たちと議論した。私の住まいは海岸からの直線距離で3キロメートルあるが、仙台における津波襲来の例を見ると6キロまで到達したとのことなので安全とは言い難い。そんなこんなでいろいろ議論したものを私なりにイメージすると、セカンドステージ型住宅すなわち1階部分には生活の重要部分を置かず、2階以上に生活の場を確保し津波の襲来に備えること。そして大震災が再来すると電気・水道がダウンするので、それでも生活できる環境づくりが必要だ。そのためには水道水或いは雨水貯蔵と燃料確保が必要となる。特に燃料は、灯油なども重要だが薪ストーブ或いは木材ペレットストーブを念頭に置いている。このようにすると自然エネルギーの活用が日常化できるので、脱石油にも貢献できるだろう。当然、太陽光発電と二次電池による電気エネルギー貯蔵も考慮しなければならない。私は、高所移転よりも高層移転が現実的なのである。
仕事で熊本空港付近を通りかかったら、たまたま第18回サンクス・イルミネーション希望の光「HOPE 2012」というのが開催されていた。去年の今頃も見かけたものの、道路沿いから眺めただけで会場の中に入れるとは夢にも思わなかったが、今年はなんとしても中に入ってみたいという気持ちになり、一生懸命に入口を探したところ運良く見つけることができた。
このイルミネーションは某製薬会社の敷地内で実施されるイベントらしく、私はイルミネーションよりも工場設計思想に関心があった。ともすれば無機質になりがちな工場施設を、敷地の高低差を活用して変化を持たせあたかも公園のような雰囲気を醸し出していた。私も何か大きなプロジェクトができたら、このような設計思想を持ち、働く人が楽しくなるような工場を実現したいと思っている。
今日は、お客様のお薦めで広島平和記念資料館(原爆記念館)と世界遺産・宮島厳島神社を見学させていただいた。原爆記念館には25年ほど前に二度ほど見学する機会があったが、今回見学したら大規模な改修が行われたのか全く近代的な様式に生まれ変わっていた。
原爆記念館の展示内容は以前と大きく変わってはいなかったような気がするが、説明内容は歴史の検証が進んだせいかひじょうにわかりやすかったのが印象的であった。特に私はかつて行われた50メガトン級水爆実験の規模が、第二次世界大戦で使用したすべての爆弾並びに砲弾の17倍もの破壊力だったことに驚かされた。いま全世界には、地球を何十回も滅亡させることができるほどの核兵器が存在するが、この広島・長崎の悲惨さを目にした人は、二度と戦争を起こしてはならないと思うのは当然のことであり、立正佼成会開祖の国連演説にもあるように「戦争の危険を冒すよりも、むしろ人類は平和のための危険を冒すべきである」との言葉を思い起こさねばならない。
次に、宮島・厳島神社を見学させていただいたが、珍しく干潮だったため今までは海上に浮かぶ鳥居を遠くから望むことしかできなかったが、今日は朱色の鳥居の足下まで完全に潮が引いていたので徒歩で鳥居の真下まで行くことができ、その偉容を実感することができた。また、私は厳島神社というと海上に浮かぶ朱塗りの神社ばかりと思っていたが、島中至る所に神社仏閣が点在しており一大信仰拠点であることが分かった。特に五重塔の脇に建立された千畳院とかいう名称の建造物は、床下の一部を大人一人が立ったまま通り抜けることができるので、往時の建築技術がいかに優れているか床下から垣間見ることができ感銘を受けた。