「人生とは、生きることそのもの」と聞いたような聞かなかったような。その出典はともかくとして、生きるということは実に容易ならざるものがある。東日本大震災の仮設住宅で暮らす人々はとりあえず衣食住は確保できたものの生活の糧を得るための労働の場が奪われ、コミュニティが奪われ、警戒区域並びに計画的避難区域で生活していた人々は大切な土地や家財や家畜を捨てて生活しなければならないというもっとも過酷な生活条件を強いられている。彼らにとって放射能所線は当然のことであり、元の生活を完全復元すること以外に納得が得られるものではない。遅々として進まない放射能除染作業は県民の目から見れば単なるパフォーマンスに過ぎない。これだけ優秀な国民なのだから、国は放射能除染でもその真価を発揮し速やかに問題解決することを県民に明示すべきである。
報道・メディア
根菜類洗浄装置の営業に行ったら、「デモ機はないか」と言われた。これは困ったものである。デモ機を製作するにもお金がかかる。そこで「納入先にお願いしてビデオ撮影し、それを送ってもよろしいか」と聞いたら快く了承してくれた。先ほど息子が撮影してくれたので、早速編集してCDに焼き付けてみる予定である。
震災直後に大量の放射能を浴びた砂利・砂による生コンで建築したマンション入居者の放射能被爆が社会問題となっている。これは未曾有の大地震と大津波で混乱している時に起こったため、そこまでの危険予知と緊急対策が行き届かなかったものであるが、今後この種の問題が至るところで顕在化する恐れがある。これを契機に政府には、あらゆる事態を想定した危機管理マニュアル策定と日頃の訓練徹底を願いたいものである。
いま世界はのっぴきならないところまで来ている。しかし、他人のせいにしていても始まらないので、何かを始めなくてはならない。財政再建には無駄を切り詰めたことが国民にはっきり理解される具体的政策の実行が不可欠だ。同時に国内景気の浮揚策も。国内景気の浮揚策としては震災復興特需もまたとない機会であるが、仕事の分配がうまくいっているとは言い難い。消費税増税は、タイミングの悪さを絵に描いたような愚策である。何でもかんでも一律に増税しようということ自体が国民の生活を理解していない何よりの証左であろう。財政再建には単なる仕分けというパフォーマンスだけではどうしようもない。もっと踏み込んだ実効の伴うものでなければ国民の納得は得られない。国民の納得とは偏に「見える化」である。景気浮揚策については一朝一夕に成し遂げられるものではないので長期的かつ実効を伴う政策が不可欠だ。そうなると国の基盤となる人づくりまで遡らなければならない。人づくりとは、単なる高等教育ではない。個人個人の特性や個性を生かし切る教育のあり方であり、それは一律的なものではないはずである。そうなると当然のこととして家庭の在り方を見直さなければならない。家庭こそ最高の教育の場であり、一人一人の個性を引き出し伸ばしてあげる場だからである。それを後押しする方法として子供の医療費無料化、食料・医療などのゼロ消費税或いは引き下げも考えなくてはならない。
また、一人一人の人生を考えた時、日本人は子供を教育し家を建てると一生が終わってしまうほど貧しい。豊かな人生とは単なる子供の教育と家を建てることではないはずである。だから国も個人も同時進行でいろんなものを見直し、自体に相応しい方策を立て、実行する必要があるのだ。
私は帰り道、また津波は来ないかとおそるおそる国道6号線を南下したが、広野周辺では人影をほとんど見ることが出来なかった。人が住んでいるのかいないのかさっぱり分からない状態。しばらく車を走らせ久ノ浜付近になって車の往来と人影を確認。海岸に近いところは津波で家が押し流され、がれき処理が終わったところであった。そこには人々の生活の記憶を物語る家の基礎だけが残されていた。
