物流・販売

 宇宙船地球号は様々な問題を抱えなから航行中である。人類の生存に関する危機、人間の尊厳や基本的人権に関する危機、これらは人々の生活の利便性などよりも優先して解決が図られなければならないが、現状ははかばかしくない。
 前者の人類の生存に関する危機は、なんと言っても食糧の確保と分配である。二十世紀末のノーベル経済学賞受賞者アマルティア・セン教授によると1930年代のインドで起きた飢饉による350万人にも及ぶ餓死者も、当時世界的に食糧が不足していたわけではなく食糧の分配が不十分だったためと分析している。従って現在69億人とも言われている宇宙船地球号の乗組員の三分の一は明日の食事にも事欠く有様なのは、食料の分配が適切に行われていない証左といえよう。また、食料というと米麦、肉や野菜・果実類を想像しがちだが水は生命維持のための最も重要な要素であることを忘れてはならない。この宇宙船地球号には14億9500万立方キロメートルにも及ぶとてつもない量の水が存在していると言われているが、それを家庭の風呂桶一杯分に例えると宇宙船地球号の全乗組員69億人が自由に使える水は何と何とそのうちのたった一滴というから容易ならざる状態と言わざるを得ない。日本は国土全体が緑豊かで国土面積の約70%は山である。雨が降ると山々の木々や土壌がしっかりと保水し徐々に染み出させながら我々国民に安定的に良質の飲料水を供給してくれるものと思いがちだが実はそうではない。急峻な山と短い流域距離は折角降り注いでくれた雨水をあっという間に海まで届けてしまうため淡水貯蔵能力はそれほど多くないのである。私の住んでいる福島県いわき市には昭和40年代の新産業都市指定によりたくさんの工場が誘致され大量の水が消費されるようになったため、川にはあまり水が流れていないのが現状である。ある調査によれば日本で水不足が起こらないのは霞ヶ浦を擁する千葉県と立山連峰からの湧水が豊富な富山県と僅かな県だけとのこと。
従って、日本も水不足危惧国家なのである。二十世紀は石油が戦略物資といわれていたが二十一世紀は水が戦略物資といわれている。二十世紀は石油やガスの輸送手段として数多くのパイプラインが敷設されたが、二十一世紀には水のパイプラインが敷設されていくだろう。
 食糧問題の重要な要素は、主食となる米麦をいかに上手く分配するかと言うことである。日本の穀物自給率は30%前後というお寒い現状にも拘わらず政府は相も変わらず米の減反政策という愚策を推進しているが、米を増産して食糧貧困国に援助する方法も考えるべきではないか。無論食糧の輸送にはコストもかかるので食料貧困国には食糧自給のための支援が不可欠であることは論を待たないが、砂漠で稲作を推進するよりも日本で生産した米を輸送した方が現実的であろう。さらに年間800万食とも言われているコンビニからの賞味期限切れ食品ゼロ運動は、日本がいち早く着手すべき倫理的課題である。その実があまり上がらないようなら政策的にコンビニを閉店させればよいだろう。

 話は変わるが、資源・エネルギーも重要な問題である。寒い国の人たちが暖をとるには石油、ガス、石炭、木炭、電気など何らかのエネルギー源が必要となるが、石油の推定埋蔵量は40年前後とあまり長くは望めない。石炭は推定埋蔵量が300年程度あるものの有限な資源であることに違いはない。従ってこの先、人類は何らかの代替エネルギーを確保しなければならないのは厳然たる事実である。太陽光発電、太陽熱発電、地熱発電、潮力発電、風力発電などはクリーンエネルギーとしてイメージはよいが、果たしてそれだけで電力供給が十分なのか政治的思想などを抜きにして客観的な検討が不可欠である。また同時に先進国は夏場の冷房温度を32℃程度まで上げ、冬は暖房温度を18℃程度まで下げる徹底した省エネ・クール&ウォームビズを推進しなければならない。夏は夏らしく暑いのが当たり前、冬は冬らしく寒いのが当たり前という思想を国民全体が共有すべきである。
 人間の生活が便利になることはけっして悪いことではないが、あまりにも利便性を求めると人間本来の能力すなわち「考える力」が著しく衰退してしまうことが危惧される。現代人は訳もなく切れやすいが、その原因は辛抱する力の欠如に他ならない。辛抱する力、耐える力を涵養することは簡単ではないが、ちょっとした工夫で改善できるものである。それは一呼吸置くことである。貧乏人が貧乏人たる所以は収入よりも支出が多く、その要因は「欲しいものを買い、必要なものを買い、なくてはならないものを買う」ことにある。
しかし、欲しいものを買わず、必要なものも買わず、なくてはならないものも買わなければ蓄えは自ずと増えるはずである。「なくてはならないものを買わないで、どうやって生活するのだ」と反論されそうだが、なくてはならないものを手に入れるには買うという手段以外にもあるのだ。他人から借りても良く、他にも方法はいくらでもある。ちょっと一呼吸置くと「なくてはならない」と思っていたものが気のせいだったことに気づくだろう。
 気温40℃で暑く感じるのも気のせいなのである。

 今日は裁判所に電話して手続き方法を教えてもらい、インターネットでサイトを閲覧のうえ必要書類をプリントアウトし眺めてみたが、書類作成に時間がかかるので親戚筋の法律事務所に依頼することにした。震災後初めて町に出てみると、津波で冠水した痕跡が至る処にあり、川沿いの堤防下には普段見かけない車が多数駐車していた。最初は、どういうことなのか分からなかったが、帰り際になっていろんな人が三々五々歩いてくるのを見て、ボランティアに駆けつけてくれた人らしいことがわかった。さて、今回の震災では人的或いは資産的にも未曾有の被害をもたらしたが、その瞬間的なことよりも前にも述べたように政府の無為無策或いは逆に危機感を扇動するような愚による新たな災害の始まりに私達は辟易している。災害発生後の初動的アクション、遭難者の迅速救出と二次災害の未然防止、道路・電気・水道等ライフラインの保全、避難者の安全並びに衣食住の確保、ボランティア受入体勢の迅速確立、食糧・燃料等生活物資の供給体制の迅速確立、地域コミュニティ重視の生活空間確保の支援、義援金の公正分配と活用、何よりも正確な情報発信と風評被害防止による人心の鎮静化等々、課題が浮き彫りとなった。先ほどの親戚筋は、日本の大学(応用物理)を卒業後、英仏有名大学で学んだ有能な人物である。彼の弁によると「日本の原子力技術は世界最高レベルにある。」「地震発生と同時に自動停止機能が作動したが、津波による電気系統の損傷により制御機能を失っただけ。」とのこと。私も同感であり、今後は津波による制御系統防護機能を備えれば問題なしと思っている。日本はエネルギー自給率の低い国家なので、今回のような震災があったとしても原子力発電が最も効果的な手段であることに変わりはない。国民は、風評に惑わされることなく日本の将来を冷静に見つめて欲しいものである。

 私は間もなく出張日程が終え、被災地にある我が家を目指して帰途につく。昨日、家内と連絡を取ったら「生鮮食料品がまったく足りない」とのこと。福島県いわき市は原子力災害の風評被害のせいで物流が極端に悪化している。家には60キロ程度の米が残っているので何とか食べることができるが、震災から12日経過してもなかなか物流が復旧しないのは、政府の危機管理能力の欠如以外の何物でもない。いまや物流なしに国民生活は立ちゆかないので、これを契機に物流状態のリアルタイムな把握と制御方法の確立が望まれる。

画像 015_copy 私は車で長距離出張する機会が多い。この写真は、たしか四国へ渡るときの本四架橋の写真である。このような巨大構築物を、英知を結集して完成させた関係者の熱意に敬意を表したい。この橋の特徴はテレビでも何回か見たことがあるが、横風に対する構造設計にあると思う。何度も何度もトライアルアンドエラーを繰り返し、ついにブレークスルーした構造的特徴を思うとき、それは大きな信頼に繋がっていく。
 これぞ日本のテクノロジーであり結果は機能美の極みといえる。私はこの橋を通る度に、まだ見たことのない身近な人に、一人でも多く見せてあげたいと思うのである。

 今夜は寒中読誦(どくじゅ)修行二日目だが、その前に友人のお父様のお通夜に参列しなければならなかった。仕事を終えて礼服に着替えて葬祭場に着いたのは午後7時。ちょうどお坊さんによる通夜の読経供養が終わり、参列者が焼香している最中であった。私も焼香の列に加わり遺族親族のみなさんにお悔やみを申し上げ焼香をさせていただいた。
 この地域の習わしとして、お通夜の時には食べ物や飲み物を参列者に振る舞い、生前の故人を偲ぶ習わしになっているので、食べ物の一つも残っているのではと期待していたが食堂のほうはすべて片付けが済んだ後。そこで、やむを得ず近くのスーパーに隣接している食堂で拉麺を食べ、寒修行の会場へ向かった。
 寒修行の会場に着いてみると、まだ時間があったので、夕べ交通誘導をやった仲間のところで一休み。というのは食事をしてからすぐにお経を上げるのほど辛いものはないのである。そこで、交通誘導のお役を終えた仲間とお茶を飲みながら世間話で暇を潰し、腹の具合が良い塩梅になった頃を見計らい、寒修行の会場に着席した。
 早速、いま上げている教典のページを教えてもらい寒修行の輪に加わったが、今日の導師はお経の上げ方が無闇と速い。おまけにマイクが遠いため難聴の私には、今どの部分を上げているのか聞き取りにくい。さらにおまけは、最近ジョギングを始めたものだから、脹ら脛の筋肉が発達しすぎて正座が続かないのである。やむを得ず私は胡座をかかせてもらい、細かい文字の教典と格闘しながら二日目の寒修行を終えた。
 私は、この寒修行を40年近く続けているが、帰り道のトラック通行量定点観測は、その時点における景気状態を如実に反映しているので実に興味深いものがある。リーマンブラザース破綻後の寒修行すなわち2009年1月はトラックの通行量が著しく減少したが、このところトラック通行量は着実に増加している。その要因は、一部の輸出関連製造業の好調によるもの。その反面、公共工事の抑制などで地方経済は容易ならざる局面を迎えている。お金の流通量が極端に減少しているように思える。売上が半減している企業も少なくないようだ。
 しかし、他力で状況が改善されるはずはない。こんな時にこそ、思想や哲学に裏打ちされた思考力が問われている。考えれば何かが生み出されるはず。先ずは、考えてみよう。